- - - Takeoff Runway 26 - - -          ライセンス取得へ

 訓練開始の前に

<現地入りと入学手続き>
・2004/8/7(土) 9時Los Angeles空港着。入国管理はM-1ビザのためか指紋採取、顔写真撮影。空港でMIAirの磯田さんが出迎え。事前にやり取りしたメイルの丁寧な文体からほど遠いルックスのCalifornian日本人、髪は後ろでひっつめ、その長さ約1m。1.5時間のフリーウェイドライブ後訓練生の宿泊、生活の場所Pilot House(パイロットハウス)へ(右の写真)。荷物を降ろしてそのままM.I.Airへ向かう。

・入学の諸手続き、書類に記入、サイン。初期諸費用の$3000支払い。JEPPESEN社の重たいバッグ入りのテキスト、問題集、法規集などの教材一式を受領。その後座学(Ground School、G/S)1時間、このときの先生は日本人インストラクターMotoさん。帰路小さなショッピングエリアのスーパーマーケット"STATER'S"にて食材を水、Coors Light (ビールのパック)、トースト用パン、オレンジジュースなど朝食中心に入手。Pilot Houseに戻り 滞在者に挨拶。

<二つのコース>
・ライセンス取得には連邦航空規則Federal Aviation Regulations(FAR)に定められた、2つのコースがある。 FAR Part 141(正確には14 CFR Part 141)に記された141方式とPart 61に記された61方式である。日本の自動車免許と似ていて、141は公認スクールに入って取得するタイプ、 61は自ら練習するタイプ。
私は2種の課程があることも知らずにスクール(M.I.Air)に入った。

・141方式では
     ・航空知識習得のための少なくも35時間の講義 
       Ground Training (座学)
     ・実技習得のための少なくも35時間の訓練 
       Flight Training   5時間のソロを含む
を基本に、公認スクールとして組まれた教習プログラムに従って学んでいきます。MIAirは公認スクールなので141コースになる。
61方式も同様ですが、
     ・学科は時間枠なし
      インストラクターから受講または自習。
     ・実技は公認インストラクターに教習をうけ、
       トータル40時間以上
       ソロ10時間以上
など、少し細部が違います。

・いずれも終わりには、公認インストラクターの承認を得て、連邦航空局(FAA)の学科試験と実技試験に合格しなければならないのは同じ。

飛行時間は、実際にライセンスをとるまでには、JEPPESEN社の前記テキストによれば平均65時間〜75時間はかかっているそうです。 また、”年齢+60”時間がアベレージという説もあります。在住アメリカ人か否か、日本人なら長期滞在か、連休ごと訪問繰り返しか、 などで条件はおおきく変わると思いますが・・。

<Medical Certificate>
・翌日曜には ground school (座学)2コマ。月曜日に、Medical Certificate(身体検査証明)をもらう為にFAA指定医に、スクールのスタッフ磯田さんに 連れていってもらう。Riverside市の医者でした。

・入って、ドア脇の重り式体重計(!)で体重測定、視力はマシンにて裸眼、メガネ着用にて通常と近接を測定。日本の視力表示、0.8 とかを用いていないが、 日本の自動車運転免許がOKならクリア出来るとのこと。実際は、自己申告で見える限界領域の番号を言うだけ・・・。私は年齢のせいか、近接視力もチェックされた。 ベッドに座り血圧測定、ここまではやや太めメキシコ系中年のスタッフの女性が担当。ここでドクターに交代、握手して、シャツを脱ぎ首、胸、背中触診、目、耳の観察検査。 ベッドに仰向けになり腹部を押して診察。メガネをチェック、"Bifocal?"(遠近両用?) これで終わり、5分〜10分。

・Private Pilot用のMedical Certificate(MC)は第3種といい、40才以上は2年間、40才未満は3年間有効。
MCの裏がStudent Pilot Licenseになっていて、MCがあれば有効になる。これで飛行練習が出来るようになった。 


・余談、医者によっては、直腸ガン検査までやった、という経験談を聞いていた。その場合は、xxの穴に手袋をした指を突っ込んで触診するということで、かなりうれしくないが、このドクターは簡単。Hさんの話でそれはない、ということが分かっていたので心配はしていなかったけど、最近は、他の地域、スクールではどうなんでしょう?


TSA

2005年5月に渡米したときは、TSAと称する手続きが必要になっていた。